インターネット専用線が100万円! 日本よりもお金のかかるインドのスタートアップ
■沸騰する経済
今、インドの経済は激アツです。インド経済の今の合言葉は「エマージング・エコノミー」 過去になかった需要や、今までなかったビジネスがどんどん出現してくる、今のインド経済を非常によく表現した言葉です。インドの経済成長は今が旬で、1年ぶりにインドに行くと
「あそこが新しくなった!」
「メトロがもっと伸びた」
「新車ばっかりだ!」
「渋滞が激しくなってる!」
と、あまりの変わりっぷりにビックリします。
写真は数年前に改築されたムンバイの空港です。
目がくらむくらいピカピカ! 初めて降り立った時に度肝を抜かれました。
きっと日本よりも綺麗です。
10年前に走り始めたメトロは、その便利さがデリーっ子に受け、デリー全域をカバーする勢いでどんどんと路線網を増やしています。
豊かになったインド人達が車を買えるようになったので、車の台数はうなぎのぼりに増え続け、デリーでは1日800台のペースで車が増えていると言います。車の台数はどんどん増えますが、道路はすぐに大きくなる訳ではないので、デリーやムンバイと言った大都市の街中は慢性的に交通渋滞です。今、インドの大都市は車が多すぎて、どうにもならない状況です。
そんなに渋滞がひどくても、インド人達は競って車を買い、スマホの最新型を持ち、いいマンションに住みたがっています。
1990年代までインドは社会主義的な国家政策を取っていました。インド国内で手に入るモノは全部インド製でした。1990年台の後半に経済が開放され、2010年台に入って経済が廻り始めるようになって、インド人達は今、自由に物を買えるようになりました。
今までモノやお金が十分になかった所に、車やスマホや、マンションが供給され始めたのですから…経済が沸騰するなと言っても止められるものではありません。 沸騰する経済とは、混沌の中に暴力的なまでの欲望と力強さがあるものなのでしょう。
■インド人のスタートアップ熱
沸騰する経済の中、インド人のスタートアップ熱はヒートアップするばかり。誰に聞いても「今、インドでは起業が熱いんだ!」と口をそろえて言います。
会社勤めを好む日本人と違い、インドでは自営業をやる人がすごく多いです。自分でお店を開く、起業するというのは彼らにとっては当たり前のこと。大学を出たら会社に勤めるしか選択肢のない日本とは事情が違います。インドではデキるヤツは起業します。
留学した人もインドに帰ってきつつあります。
成長しきった米国よりも、これからのインドに可能性を見出しているのです。
1980年代から2000年代初頭までの留学生たちは、米国に行ったまま帰ってこず、アメリカで働く人たちばかりでした。ですが今は、「インドにこそビジネスチャンスがある」と米国に留学してから、成功を夢見て本国に帰るインド人が多いのだそうです。
確かにインドはこれからの国です。日本の1970年台みたいな国です。 ここ10-15年位で人々が豊かになってきたので、日本に比べるとまだまだ貧しいですが、人々の瞳には光がやどり、市場に活気があり、誰もがとても前向きです。
そんな状況だからこそ、いえ、そんな状況だからこそ、そこには問題があり、問題をスマートに解決するビジネスチャンスがいくらでも転がっているのでしょう。
日本人の僕らの目から見ても、「あれは商売になるなぁ…」、「ここをもうちょっと良くしたらきっと素敵だろうな」というポイントが沢山あり、国全体がビジネスチャンス山盛り!と言った感じでもあるのです。
■インドのスタートアップ企業に潜入!
「お店を新しく始めたよ!」とか、「ホテルを始めたよ!」と言うリアルビジネスを立ち上げた人は、インドに行くと数多く出会うことが出来ますが、ネット系のスタートアップはあまり出会うことができません。ネット系のスタートアップはやはり、ホテルや雑貨屋さんと比べると絶対数が少ないのでしょうね。
今回出会ったのは、インドでTOP3に入るトランスDJ、ヴィクラントが始めたスタートアップ企業です。DJやアーティストを簡単にブッキングできるようにする、新しいスマホのアプリを作っているのだそう。
「今までは、アーティストをブッキングするのにコネが必要だっただろ? インド全部のDJやアーティストが載っていて、指先一本でアーティストがブッキングできるようになるんだ」
と言うので、どんな事をしているのか見に行ってきました。
オフィスはデリーメトロのメローリー駅から5分ほど歩いたDramz Barの地下にありました。 指定されたDramz Barに行ってみると…まず、その綺麗さ、シックさ、ラグジュアリーさにビビります。
「ヴィクラント、何だこりゃ! どうなってるんだ?」
「オフィスは地下にあるんだ。地下に行こうぜ」
地下のオフィスに行ってみると、何台もMacが並び、まるで米国やカナダのオフィスに迷い込んだかのようです。 木製の大きなテーブルに新品のiMacが並び、照明も考えられていて、オシャレです。 働くモチベーションが高まりそうな素晴らしいオフィスです。
もう、インドは過去のインドではないんだなと痛切に感じます。インドは先進国とリンクした、現代にある同時代の国なのです。
その日に居た人数は8人位。4-5人がグラフィックデザイナーで、1人がアプリ作成、もう1人がバックエンドのデータベースを作っているそうです。手前にいるデザイナーはPhotoShopでDrumz Barの印刷物をデザイン中でした。
「ヴィクラント、凄いオフィスだな! カッコイイな?」
「そうだろ?」
「日本人の俺達の目から見ても素敵だよ!! お前凄えな!!」
「ありがとう!!」
僕達と話をしている間にもヴィクラントは忙しそうにデザイナーに指示を出したり、電話をしていました。スタートアップならではの活気が感じられます。
オフィスの片隅で、コードを書いている人を見つけました。コードが書ける人はきっと、色々なインドのIT事情を知っていそうです。早速話しかけてみることにしました。
「ヤホー! こんにちは! 君は何してるの?」
「僕は今ね、iPhoneのアプリを作っているとこだよ」
と画面を見せてくれました。
画面の中ではiPhoneの開発ツールが動いていて、Objective-Cのコードが書かれています。その光景は僕らが日本で見慣れたものと一緒で、インドでも、日本でも、米国でも、ソフトウェアを仕事とするならば、もう世界のどこで働いても一緒なのだと改めて思い知られます。
「君はどこから来たの? デリー出身?」
「いや、僕はバンガロールから来たんだ。」
「普段はなにやってるの?」
「普段はゲームしているよ。僕、ネットゲームが好きなんだ」
ネット状況の悪いインドでも、ネトゲをやっている人は多いのでしょう。
「ねえ、インドでネトゲをやるってどんな感じ?」
「とにかく回線が遅いね。遅いだけでなく、反応速度も悪いんだ。ゲームによってはインドにサーバがない時があるしね。そういう時はシンガポールのサーバに繋ぐんだよ」
確かにインドのネット回線は遅いです。Wifiがあるカフェに言っても半分くらいは故障中。3Gの携帯でもネットは遅く、日本のYahooを開くのにも、とても時間がかかります。
「シンガポールのサーバーって…遠いから遅いでしょ?」
「もちろん遅いよ。遅くて自分が死んだのか、わからない時があるよ」
「インドのデータセンターって普通はどこにあるの?」
「データセンターはバンガロールやチェンナイだね。最近、デリー近郊にも増えてきたけど、まだまだ南が強いんだ。バンガロールやチェンナイからシンガポールには速い回線が走ってるよ」
南インド、特にバンガロールはIT企業で有名です。
インドのシリコンバレーとも呼ばれ、世界各地から様々な起業家たちが集まっています。
「そういえば、ここはネットの回線はどうしてるの?」
と言ったら、電話をしていたヴィクラントが振り向き、見せたい物があるので屋上に行こうと誘ってきました。屋上に登ると、ヴィクラントが一本の鉄塔を指さします。
「ヴィクラント、あの鉄塔は?」
「あれがインターネット用の鉄塔だ。俺達が建てたんだよ」
「え? 建てたって??」
「携帯のネットは遅すぎるだろ、もちろん光回線なんて来ないし、来るのはせいぜいADSLだ。それも最高に遅いんだ。今、インドで速い回線を手に入れようと思ったら鉄塔を建てるしかないんだ」
「鉄塔を? マジで?」
「そうだ。あの鉄塔の上にパラボラアンテナが付いてるだろ? あのパラボラで電話局にダイレクトに繋いでいるんだよ。これが一番速いんだ」
「ネットをやるのに鉄塔の建設から!?」
「そう。あの鉄塔を建てるのに20万ルピーかかって、月々のネット代が3万ルピーかな」
「ええええええ!!! 高えええ!」
20万ルピーって、日本円に換算すると35万円ですが、インドの感覚で言ったら軽く150万円は超える金額です。そして月々のネット代が3万ルピーってこれもまた、インドの感覚で言ったら20万円は超えます。
ただネットを使うだけのために、鉄塔に150万円!
高すぎる!!
日本だったら月々5千円も出せば超絶速い光回線が来るのに!!!
ネットするのに鉄塔を建てるって…はるか昔のアマチュア無線の時代に逆戻りしたかの様な話です。
■スタートアップの内情は…
「デリーの中の便利な場所にある、豪華なバーの地下」「iMacがたくさん」
「綺麗でおしゃれなオフィス」
「高速インターネットのための鉄塔」
働くモチベーションは高まりそうですが、お金が凄く掛かりそうです。ヴィクラントのスタートアップはひとつも製品を出していず、こんな場所を借りる余裕も、iMacを買う余裕もないはずです。明らかに変です。金銭面は一体どうなっているのでしょう?
「ねえ、ヴィクラント。どうやってこの仕事を始めたの? ここはどうしたの?」
「実は、このオフィスも、スタートアップの資金もスポンサーが出してくれているんだよ」
「スポンサーが?」
「そう」
「スポンサーって誰?」
「ここのDrumz Barのオーナーさ」
ああ、なるほど!!
ヴィクラントはDrumz Barのオーナーにスポンサーになってもらい、カネも場所も提供してもらって、新しいスタートアップを立ち上げたんだね。
Drumz Barのオーナーはお金を払って有望な若者に仕事をさせ、成功したらその果実を頂こうという事なのでしょう。起業ブームの中、やる気はあるけど、お金が十分にない若者に出資して、起業させようということなのでしょう。 10人に出資して、1人か2人がまずまずの企業に育ち、100人の1人が大きく育てばそれでいいのでしょう。
数カ月後、ヴィクラントにあって「あの仕事はどうなったの?」 と聞いたら、「あれは終わった」との事…
残念ながらヴィクラントのケースは10人のうちの8人に入ってしまったようですが、こういうプロセスを経て、数多くのスタートアップの中から、世界的に有名な会社が出現するのでしょうね。