それは宗教的にイケナクないの? ? インドの牛乳事情

2011年7月7日     2 Comments    Posted under: インドが大好き!!

世界最多の乳牛を抱えるインドで、将来的に牛乳が足りなくなる“牛乳危機”が叫ばれ始めた。酪農農家が乳牛を肉牛として売り渡すほうがもうかる現象が起こっているためだ。


大切にされている牛が、なんと食肉用に輸出されているとは…

インドの大半の州では牛の解体が禁止されているが、政府による食品の輸出奨励政策で潤う解体業者などによる不正が横行しているという。インドでは天候不順の影響で農産物が打撃を受けており、牛乳不足は食料インフレに一段と拍車をかける可能性がある。

牛乳生産関連の政府機関につとめる担当者は「乳牛にかかる農家のコストは1リットルあたり平均35ルピー(1ルピー=約2円)。組織化された連合会などによる牛乳買い取り価格は24?25ルピーで、農家のロスは明らか。だが、食肉解体業者は比較にならないほど高い価格で乳牛を買い取っている」と指摘する。

インドでは宗教上の理由から牛が神聖視されており、世界ヒンズー協会(VHP)のケムチャンド・シャルマ氏によると、全29州(デリー首都圏を含む)のうち、北東部など10州を除き牛の解体を禁止している。

だが、「ほとんどの州で法が厳格に適用されていないため、不正な解体が行われている」と憤る。農業省の統計担当者は「06年度に解体された畜牛は250万頭、07年度は260万頭」と説明するが、実際の数はその何倍にも上るとみられている。

宗教団体も1月31日、パティル大統領に牛の食用解体の全面禁止と、牛の保護などを管轄する専門省の設置を求める書簡を提出した。

宗教も絡み、政府の対応によっては国全体を大きく揺るがす事態を招きかねないだけに、政府も当面は様子見とみられる。だが、政府担当者は「少なくとも牛乳の買い取り価格を適正にすることはできるはず」と指摘した上で、「そうでなければ、農家が牛乳生産からそっぽを向いてしまう」と危機感をあらわにした。

社会の安定やインフラ抑制といった側面からも、政府は早急な対応が求められそうだ。(ソース:Yahoo! News


ボク、今まで、インド人って宗教を凄く大切にしている人達だと思ってきました。お金よりも宗教のほうが大事。日常の生活よりも、宗教が大事。宗教的なことばかり考えているから、街が汚いのだとばかり思っていました。

でも、ちょっと、このニュースを見てびっくり。なんと、インドで大切にされている聖なる牛ちゃんが食肉用に輸出されているのだとか。きっと、輸出しているのはヒンドゥー教徒でなくて、イスラム教徒だったりするのでしょうが、それでも十分にショックです。

牛乳が足りなくなるくらいですから、相当数の牛が輸出用に回されているという事になるのですよね。「ほとんどの州で法が厳格に適用されていないため、不正な解体が行われている」と書いてありますが、そもそも、インド人の精神構造の一番基礎をつくっている宗教的な倫理観念はどこに行ってしまったのでしょうか…

インドでは汚職が蔓延していて、大きな問題になっていると聞きますが、宗教的な倫理観すら無視されてしまうなんて汚職の根は凄く深いと思わざるを得ません。

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2 Comments + Add Comment

  • インドに住んでいますが、そもそもインド人に我々のような倫理観が存在しているかといえば、ハッキリ言ってしていません。インド人の金銭感覚は我々の常識を超えています。確かに宗教に対して厳格であったり、畏怖してはいますが、結局お金と神様が同じくらいの比重と思えば近い考えだと思います。
    日本人のお金の価値観から考えれば彼らの金銭感覚は非常にガメついですし、非常に卑屈です。お金で全てが解決できるインド社会の現実がそうさせているのだと思います。役人や政治家の賄賂にしても(インドに住むとウンザリするほど目にします)、今でも開き続けている貧富の差やカーストによる貧困の問題にしても、インド社会はお金が全てを動かしているわけなのです。人の生と死も社会福祉や保証が平等に十分にされている日本とはちがい、お金が決定しても良いといえるほど貧困の問題はインドの社会問題です。最先端の医療や設備の病院が全て個人が経営するグループなのは言わずもがなで、そこの医者に貧困者はかかれるかというと無理です。
    また、ヒンズー教徒ではなくイスラム教徒が牛肉の解体、輸出を主にやっているとおっしゃりますが、それは偏見だと思います。上に挙げたように、イスラム教徒やヒンズー教徒に限らず「お金が全て」と言っても過言ではない、「お金が絶対権力」と言っても過言ではない現実社会において経営が行き詰まる農場の苦肉の策かもしれません。必ずしもイスラム教徒がとは言い切れません(彼らだって牛を食べたくてもイードなんかは羊で我慢しているわけなので、外に回す暇があったら自分達が食べたいくらいだと思います)。ヒンズー教徒だって野菜市場で野菜を盗み食いする野良牛を蹴ったり叩いたりします。端からミルと「神の使いなのに、ああ〜。。。」って感じですかね。
    要はヒンズー教だろうが、イスラム教だろうが、キリスト教だろうが、仏教だろうが貧困を前にしては宗教における倫理観などは存在しないほどインドの貧困問題は深刻なのだと思います。それが大きな原因ではないかと思います。
    また、町が汚いのは宗教観とは関係ありません。教育や価値観の問題ですね。他人中心主義の日本人は「公共マナー」を重要視しますが、自己中心主義のインド人は自分達の事をまず先にしないといけないので(競争社会そのものなので)、社会のためとか自分の周りのためというのは後回しなのです。また、彼らの「穢れ」の概念が「自分達で(社会のため、環境のため))ゴミを片付けよう」ということは無いです。常に,汚い仕事はそれをする人達(低いカースト)の仕事という概念が登場します。非常に複雑怪奇なので、そこに物事の筋とかがあてはまりません。宗教的だと思ったら、そうでない側面があったりと非常に矛盾している事もシバシバあります。要は目の前の現実に臨機応変に対処していかないと消化できないのがインド社会なのだと思います。

  • いちインド居住者様
    インドパパことティラキタの梅原です
    素敵なコメント、ありがとうございました!!

    目の前の現実に臨機応変に対処していかないと消化できないのがインド社会、私もそれに尽きるとは思います。
    でも、人によって宗教観とのせめぎあいをしている人も多いですよね。

    インドの捉え方は、いろいろな人がいて、色々な考え方がある。
    インドは一面だけでは捉えられないですね。

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