12年に一度のクンブ・メーラがやってきます
ある日街を歩いているとどこからか強い有機溶剤の臭いがしてくる。くさいなぁと思いながらラクシュマン・ジュラの大橋にたどり着くと、橋の手すりや巨大な金属製のロープに男たちが張り付くようにしてペンキを塗っている。いくら大きなお祭とはいえ、エリアに一本しかないこの橋までこんなに大胆に塗りなおすとは驚きだった。もちろん真っ昼間だし、橋の通行規制なんてある訳がないからいつも通り観光客もバイクも牛もひっきりなしに往来している。混雑してくると男たちは
「Walk other side!!」
と英語で叫んでいた。ヒンディー語を話さない南部からの巡礼者も多いからかもしれない。ともあれこの狭い混みあった橋の上でそんなことはできるわけがない。みんなかすかに身をよけるのが精一杯だ。
ペンキの色は鈍く光る銀色で、きっと防錆のためにも塗らなきゃいけないんだろうとは察するけれど、それにしても日光をきらきらと反射して派手だ。それが男たちの手によって、何の比喩でもなくその剥き出しの手とそこに握り締められたボロ雑巾のような布切れによってべたべたと塗られていく。彼らの手はオズの魔法使いのブリキのロボットのような生々しい銀色にひじの下まで染まっている。
もちろん染まっているのは手だけではない。着ている服や作業道具はもちろん、橋の上や近くに生えている植物の葉っぱにも大量にその飛沫はぼたぼた落ちている。ときどき下を流れるガンガーの薄茶色の流れの中にきらめく銀色がカオスな渦を作っては広がっていく。そのすぐ下流にはガートや砂浜があり、多くのインド人が聖なるガンガーに身を浸したり頭から飛び込んだり泳ぎながら記念撮影をしたりしている。ごみも糞尿も死体も汚すことのできないガンガー、ペンキぐらいで汚れるはずはないのかもしれない。
体中、銀色になっています |
クンブ・メーラは西暦2010年1月14日だとのこと。12月に入ればもう早入りのサドゥー達はこのエリアに到着するという。そこからはサドゥーの数は増える一方だ。観光客やジャーナリストも大勢訪れるようだが、この時期にハリドワールにいるには相当の覚悟が要るようだ。ローカルのインド人達も「危ないから来るなら気をつけて!」と言っている。
もちろん前回の開催からの12年で世界が大きな変革を迎えたのと同様にインドも大きく変わった。一体今回何が起こるのか、どうなるのか、きっと答えられる人は誰もいないだろう。
小さな街の、こんなインド色満載な風景の向こうにもそんな世界が隠れている。「インディアン・iPod」のイヤホンを耳に突っ込んで仕事をしている近所のダバの兄ちゃんや、高価そうな最新の携帯できびきびと話している身なりのいいバラモンを見る度にそう思う。変わるものと変わらないものが渾然一体となって押し寄せてくる。それがどんな風景を見せてくれるのか?来年のクンブ・メーラはその集大成になるのかもしれない。
文章:DJ sinX(しんかい)
日本での7年のDJ活動の後、世界各地でプレイするべく2007年から旅を始める。オーストラリア、東南アジアを経て現在インド亜大陸へ。活動はDJだけに留まらず、音楽イベントの開催、「Thanatotherapy」名義にて楽曲作成なども行う。
日本での7年のDJ活動の後、世界各地でプレイするべく2007年から旅を始める。オーストラリア、東南アジアを経て現在インド亜大陸へ。活動はDJだけに留まらず、音楽イベントの開催、「Thanatotherapy」名義にて楽曲作成なども行う。