ネパールの味の魔術師 タカリ族経営レストランのキッチンを覗く
目次
■ネパール国民食、ダルバートタルカリ
ネパールの国民食、これをカレーと言うなら、ネパール人は毎日カレーを食べているという事になります。彼らは少なくとも、1日に朝晩カレーを食べています。このカレー、ネパールでは、ダルバートタルカリと言います。
ダル(豆)スープ、バート(米)、タルカリ(野菜スパイス炒め)、肉や魚のスパイス煮、とアチャール(酸味のある漬物)のセットです。
実は、日本人の私も、ネパールに住んでから、ほぼ毎日欠かさずダルバートタルカリを作り、食べています。特別カレー好きであった訳でもありませんが…。
毎日カレー?飽きるでしょ! と言われますが、習慣というのは、まさに習慣で、ネパールに長く住んでいるとダルバートタルカリを食べる習慣になって、食事時になると、今日は何を作ろうか?… と頭に浮かぶのはネパール料理になってしまうのです。
ネパール人の9割が土地を所有し、主食である米の栽培、田んぼ作りをしているので、自家米は豊富にあります。野菜作りも、お手の物で、わずかの土地が余っていれば、他人の土地でも、どんどん野菜畑にしてしまいます。米と野菜は自家製で、毎日の食事は、ダルバートタルカリ。自給自足で安くて美味しい食事が出来上がり。
米作り、野菜作りはもちろん、他にも、牛を飼って牛乳やヨーグルト、チーズを作る。鶏を雛から食用として育てる。卵は産み立て新鮮。店からの調達ではなく、時間をかけて手間をかけて、育てる、作る、といった見事なライフスタイルが出来ているのです。
各民族によって、また各家庭によっても、ダルバートタルカリは違います。
親戚の集まりで良く話題になるのは、タルカリの調理法。どのスパイスを使うのか、とか、この野菜にはこのスパイスが一番合う、とか、野菜の組合せとか… 女性が集まるともう話が止まりません。うちの親戚はネワール族なので、食にはウルサイ人達が多く、他の民族より、食べ物のこだわりがあるようです。
彼等とは逆に、知り合いの大工さん宅は、マガル族ですが、タルカリは、毎日ジャガイモ、他の野菜はあってもなくてもいいそうです。乳製品中心の食事の家もあります。ネパールでは、種類豊富な野菜が手軽に手に入るのだから、毎日いろいろな野菜を食べるのが理想ですが…
ネパール料理の代表格といえば、タカリ族のタカリ料理、ネワール族のネワール料理です。タカリ料理は、ご飯派、ネワール料理は、酒飲み派という感じで、タカリ料理の独特のスパイスや油を使ったおかずは、ご飯が進むメニューです。ネワール料理の多種メニューは、お酒のおつまみにピッタリです。
■タカリ料理を食べに行きました。
先日、良く行くレストラン、タカリキッチンThasangに行って来ました。場所はジャワラケル、クマリパティ通りにあります。お昼時、おやつ時に行くと、いつも混んでいて、ウェイターの皆さん、険しい顔で注文を聞いてきます。この日は、3人で行ったのですが、カレーの他に、ライス1、ロティ1、蕎麦がき1を頼んだら、ロティは今は作れない、みんな同じにして!と言われました。そうねえ、ライス、蕎麦がきより、ロティは手間がかかるし、混雑している時はムリなのね… 。忙しいから、同じメニューにして!…と言えるのが、さすがネパール人です。他のレストランでも良くあることで、メニューにあるのに、メニューにないと言われることがあります。
ネパールのレストランでは、だいたい、おかわり自由です。このレストランも、ウェイターさんが、おかわりのご飯やおかずの皿を持って、客席まで、マメに、よそりに来てくれます。
これは、ネパールの家庭で食べる方式と同じです。ネパールでは、ご飯を食べる時、母親や女性が、家族によそってあげます。ご飯は?タルカリは?ダルは?女性は鍋を片手に聞きながらよそります。そして、家族皆が食べ終わったら、女性の食事が始まります。女性は家族の食事を作り、面倒を見て、食べるのは最後なのです。
■チューボーは、仮設なみの、カンタン建築
食後、客足も少し収まると、ウェイターさんたちも笑顔が戻り、余裕が出てきました。間口の広いレストランの入口を出ると、鉄骨組みで、壁は合板とレンガで、屋根はトタンで出来たチューボーがあります。外装は、レストランのチューボーとは思えない簡素な造りです。仮設建築のような、ネパールではよくある、いつでも壊せる、いつでも建てられるカンタン建築です。
チューボー入口の右脇には、野菜置場の棚があって、八百屋から買ってきたビニール袋に入ったままの野菜が、雑多に積み上げて置いてあります。棚下には、編み袋に入ったタマネギと、ずた袋に入ったジャガイモが、ドカッと寝そべっています。そこには、ガスボンベが大量に置かれ、ストック用であるのに、それが乱雑に、何となーくゴソッと置かれているのが、ネパールっぽい収まり感だなあと感じます。
入口の左脇のオレンジ色のレンガ壁には、小さい窓があって、注文の料理を出す場所となっています。窓の端っこに小さいベルが下がっていて、チリンチリンとチューボー内側から鳴らすとウェイターさんが、出来た料理をテーブルへ運ぶ… となるようです。
その窓の外側には料理を置く棚、その棚の上は、なぜか新聞紙が敷いてあって、棚下には、ピカピカのグラス、皿、スプーン、フォーク置場になっています。食器が足元に近い棚?ちょっと気になりますが、ピカピカに洗ってあるし、使う前は更に布で拭いているようなのでOKでしょう。
■チューボーの中に入ってみました
1歩入ると、外の棚にあった野菜同様、中も、すべてが雑多に置かれています。
クックさんたちは、皆さんそろって頭にビニールの帽子をかぶっています。
エプロンもしています。忙しいピークを過ぎたので、皆さんちょっとのんびりムード。新聞を読んでいる人もいます。
天井高い上からは裸電球が吊り下がり、電気の配線もむき出しで、天井近い壁には窓があるのだけれど、チューボー独特の匂いと、高温で、汗がにじんで来るのを、タオル片手に写真をパチリ。
入ってすぐ目の前に、サーグ(葉物)の山盛りカゴ、ポテトフライの山盛りがあります。にんじん、きゅうり、グリンピースのアチャール、トマトアチャール、いつもは皿にチョコッと盛り付けられた料理が、鍋一杯にドッサリ置かれています。
使っている鍋は、ネパール庶民が一番使っている、ちょっと重たい昔ながらの鍋でした。また、取っ手がついていない炊飯器の鍋が、よく使われているのは、以前、親戚宅でも見た覚えがあり、この炊飯器の鍋を直火で使うのは、ネパール風なのでしょうか?
ネパールチャイ屋でも、この炊飯器鍋を使っているのを見たことがあります。
ネパール料理に必須の圧力鍋には、たっぷりダルが出来上がっています。
チューボーの両壁には棚があって、スパイス類は、一番上の棚に大きなタッパーに保存され、卵も置いてあります。ネパールでは、冷蔵庫に卵を保存する習慣はなく、店売りの卵も外に置かれて売っています。夏場に卵を買う時は、新しいか古いかを聞いてから買わないと、家に帰って卵を割ってみたらアレッ?ってことは良くあります。
手元に近い棚には、ペットボトルに入ったソース類、油、チリ、コチュジャンなどが、ザッと置いてあります。ストック用のスパイス類は、棚上にあったけれども、すぐに使うスパイス類は見当たらないので、ガス台近くにあるのかしら?塩とチリパウダー、コショウは、トレイの上にワンセットで置かれています。下の棚には、付け合わせサラダ用のにんじん、きゅうりがカットされてあり、ニンニクは、皮をむいて山盛りしてあります。
魚は、地べたのボールに入って置かれています。美味しいのでよく注文する、あの魚料理の魚は、コレだったの?と御対面の記念に写真をパチリ。川魚です。ネパールの魚料理は、だいたい川魚を使うので、生臭さをスパイスでうまく調理する必要があります。どのスパイスを使えば旨く料理できるか興味深いです。
以前、魚の料理法を、このレストランのクックさんに聞いてみたのですが、そこは教えてもらえませんでした。
チューボーの中央は、ガス台があって、業務用ではなく、一般家庭用と同じタイプのものを使っているようです。ガス台の横には、お米が炊いてある大きな鍋があり、盛り付けもココでするようです。
お椀に米をよそって、皿に盛り付ける時に、お椀をひっくり返すと、お米の山スタイルの出来上がり。タカリ料理のお皿は、銅製の物を使っています。コップも小鉢もすべてセットです。今まで行ったタカリ料理店は、そろって、この銅製のお皿を使っています。
またこの中央スペースの上には、大きな換気扇がついています。
使っている調理道具のほとんどが、一般家庭用と変わらないようです。いたって、家庭用キッチンの拡大版といった印象です。
入口の反対側に同じように出入り口があって、その横にも、料理を出す窓があって、小さな棚に出来上がった料理が2皿くらい置けるスペースになっています。
洗い物は、すべて、地べた置きです。皿、コップ、スプーン、フォークは、チューボーの片隅に洗い場があって、洗い物の鍋類は、いくつも、あちこちに置きっぱなしになっています。
どこを見ても、ちょっとグチャグチャ感がありますが、ネパールですからこんなもんでしょう。
■レストランらしからぬ光景
このレストランのスタッフは、皆さん男性。クックさん、ウェイターさん、買い物調達の人、雑用係りの人… 。レストランの上の階にスタッフ部屋があるようで、いつも、洗濯物がゴチャッと干してあったり、男所帯らしい、気にしない雰囲気の光景が見えます。これは、ネパールどこへ行ってもよくあることで、例えば、シャキッとしたオシャレな店の隣には、庶民の生活が見える、洗濯しているとか、水浴びしているとか。立派な大豪邸の目の前は、舗装されていない泥道だったりとか。ビュンビュン車の走る道路に牛がドッカリと座り込んでいるとか。何かどこかヌケた景色の多いネパールなのです。
だから、レストランで客が出入りする所なのに、洗濯物が干してあったりする。余計な景色は見せないという発想がネパール人には、ないのです。キチンともできないし、だからといって、それを隠すわけもなく、ありのまま、そのままを見せる… というのがネパール人風なのでしょう。
■気さくにレストランのチューボーを見せて頂きました。
日本のレストランのチューボーは見たことはありませんが、たぶん、もっと清潔感があって、整理整頓されているのでしょう?と想像します。また、客を営業中のチューボーにカンタンに入れてはくれないでしょう。でもネパールは、こんなもんです。ダメ!と言われることは、ほとんどなく、受け入れてくれることが多いのです。常連客よしみで入れてくれたのかもしれませんが… 。
今回は、レストランの客足が控え目になった時だったので、鍋でグツグツ調理中、料理の真っ最中という光景ではありませんでしたが、雑然としたネパールらしいチューボー拝見ができました。