インドの囚人護送

それは、バックウォーターの観光を終えてケララ州のアレッピーからゴアへと向かう列車でのことだった。お昼過ぎまでゆっくりして、定刻通りに到着した列車の寝台車両に乗り込み、チケットの指定座席を探していると、同じコンパートメントに警官が二人座っていた。インドの列車では時折抜き打ちでボディーチェックがあって、何もなくとも難癖をつけてバクシーシを求めてくる警官がいるという話は聞いていたのでなんだか気持ちのいいものではない。

そんな顔をするわけにもいかないので日本人得意の愛想笑いなどしながら荷物をくくり付けていると、場所を空けてくれたりと意外と親切ではある。悪い警官ではないようなので、とりあえずは安心して席に着く。二人の警官の奥の窓際にはもう一人大人しそうなインド人が座っている。軽く挨拶をしてその人を見ると、左手の指が二本なく、手首に銀色のゴツいブレスレットをはめている。ちょっとくたびれた感じの彼とそのアクセサリーが不釣合いだったのでよく見ていると、何とそれは手錠だった。すぐに気付かなかったのには、実は訳がある。

一般的に言って、ある犯人の左手に手錠をかけるとしたら、もう片方の輪は犯人の右手か、警官の右手か、鉄格子やら柱やらの動かない場所に固定するものである。だが、この場合に関しては、手錠は犯人の左手に両方かかっていたのだ。手錠本来の、犯人の動きを封じたり逃亡を防いだりという役割ははここではまったく機能しておらず、要するにチェーンで繋がれた二つのブレスレットを身に着けているに過ぎない状態だ。

それはまずいんじゃないのか?うちらを含めて一般人だらけの列車で囚人を護送するのも無茶な話だけれど、その手錠が役に立っていないというのはかなりホラーな話である。警官が二人いるからそれでいいってもんでもない。しかもその犯人と警官二人には全く緊張感がない。犯人も逃げる気配はないし、警官もそれを警戒している様子はない。

うちらが乗り込んでしばらくするとバナナの葉の大きな包みを広げてお昼ご飯を食べ始めた。囚人の分もちょっと質素だがちゃんとある。三人ともくつろいだ感じで、警官は囚人に、「フィッシュカレー食えや。」「もっとサブジはいるか?」と自分たちの分のカレーを分けてあげたりして談笑している。品数で言えばどう考えてもうちらが普段食べているターリーよりも豪華である。

2時間ほどあと、コーチンに到着すると大勢人が乗り降りし、彼ら三人も席を立って消えていった。あれはなんだったのだろう?なんともインドらしい不思議な体験だった。しばらくした後にそんなことを考えながらふとトイレに向かうと、三人は違うコンパートメントにちゃっかり座っていた。

「って、お前らあの座席のチケット持ってなかったんかい!?」

列車にこっそりただ乗りするのはインドではよくあることだが、警官が囚人護送という極めてセンシティブな公務でも同じようなことを平然とやってのけてしまう。それが和やかなインドのカオスである。
文章:DJ sinX(しんかい)
日本での7年のDJ活動の後、世界各地でプレイするべく2007年から旅を始める。オーストラリア、東南アジアを経て現在インド亜大陸へ。活動はDJだけに留まらず、音楽イベントの開催、「Thanatotherapy」名義にて楽曲作成なども行う。
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