サイババがなくなって7年 サイババの街プッタパルティの今

2018年2月22日     4 Comments    Posted under: インドが大好き!!

インド南部のIT都市バンガロールから車で約4時間のところにある街、プッタパルティ。

ここは20年近く前、日本でも超常現象スペシャルなどのバラエティ番組でちょっとだけ話題になった聖者、サティア・サイババが生まれたところであり、またその後、聖地として大規模に整備された街でもあります。

ですがサイババは、2011年4月に亡くなってしまいました。肝心要の聖者がいなくなった聖地というのは、その後どうなってしまうのか?

存命の頃に一度行ったことのある自分としては、とても気になっていました。
先月やっと再訪することが出来たので、その様子をレポートします。

バンガロールからのバスが街に近づくと、道路はガタガタがなく快適になり、分離帯にきれいな花が植えられ、沿道にはパステルカラーの立派な建物が増えていきます。どれもこれもサイババへの信仰心によって集められた寄付や人の力で賄われたものです。

到着したバス停、アシュラム周辺の雰囲気は、以前と変わらず活気にあふれています。入場ゲートではX線やボディチェックで危険物や酒タバコといった禁止品のチェックがあります。タバコもライターもゴミ箱行き。

中に入っても、やはり雰囲気は変わっていないように思えます。巡礼者が泊まれる建物も増え、施設としての活気も増してるように感じます。とてもおいしいベジタリアン料理を出す南インド・北インド・西洋料理食堂も相変わらず、素晴らしいクオリティ。他のインドの街で食べるより美味しいと行っても過言ではないレベルです。

スーパーマーケット、ベーカリー、文房具屋、図書館。アシュラムの各所にティースタンド。外に出ること無く中だけで快適に暮らせる施設が揃っています。

でも、何かが違う。
その違いは翌日には明らかになりました。

サイババが存命の頃は、朝4時にもなると、ダルシャンに参加するための列が作られます。マンディール(聖堂)の中はいつも大盛況。サイババがやってくるのをじっと待ち続けたものです。

外国人用の100人ぐらい泊まれる巨大なドミトリーも、朝は皆がダルシャンに向かうので、閑散としたものでした。神を称える歌、バジャンを皆で歌うときも、高揚感があり、泣いてる人もいたものです。

ところが今は、5時位からマンディールの周りを歌って回る儀式があって、その後バジャンタイムがあるのですが、以前のような熱気はまったく感じられません。ドミトリーも大半の人はそのまま寝ています。バジャンの後にはマンディールの真ん中に設置されているサイババの棺に祈る時間が設けられていますが、それだけに参加するため起きる人がぼちぼち居る程度。

自分自身一度参加してみましたが、自分は特にオーラとかそういうものを感じられるような人間ではなく、熱心な信者でもありませんので、ああ、ここにあのサイババが眠ってるんだなと、しみじみ感じたくらいでした。

このなんとなく「けだるい」雰囲気はアシュラムの随所で感じられます。中は全面的に撮影録音が禁止されているのですが、これが守られているのはマンディールの中及び周辺くらいで、他のところではスマホで記念写真撮りまくり。電話しまくり。たしかに自分が以前来たのは2002年でスマホも何もない時代、今は一人一台持つような時代という変化はあるのですが、それにしても……という感じがあります。

また、個人的な話ですが、マンディールへの入場の際は裸足にならねばならず、靴やサンダルは外に置いておく必要があります。自分が外に出ると、なんと、サンダルが盗まれていたのです。しかもそのサンダル、数日後に、外国人用ドミトリーに居た欧米人の高齢者が素知らぬ顔で履いているのを発見。問い詰めたら「間違ったごめん」などと言って返してきました。貧しいインド人が盗ったならまだしも、同じ外国人が盗るというのも、なんだかがっかり来る話です。

いまやこのサイババアシュラムで最大勢力を誇る「外国人」は、ロシア人です。

どういう経緯でロシア人が増えたのかはよく知らないのですが、ドミトリーは一泊20ルピー(約30円)と激安。かつ食堂も、南インド食堂であればおかわりし放題のカレー定食が10ルピー(約15円)で食べられます。

雑費を含めても余裕で一ヶ月10000円以下で暮らすことが出来る。滞在期限も特には設定されていないようで、ビザがあればいくらでも滞在できる。貧しい人にとってはこの上ない環境なわけで、原油価格低下などで経済的に厳しくなったロシア人が、避寒を兼ねて滞在してる側面もあるようでした。

以前は20人近くいた日本人も全くと言っていいほど見かけない。アシュラムの外にはプッタパルティの街が広がっており、そこで偶然見かけた日本人経営のカフェがあったので、話を聞いてみました。

やはり以前と比べて日本人の滞在者は激減しており、把握できる範囲ではひと桁程度ではないかとのことでした。サイババが居なくなった今、求心力が低下してるのは否めないということです。

それどころか、後継者の間で内部分裂のような事態も起きているのだとか。サイババ自身は亡くなった後、プレマ・サイババという人物に転生するという予言を残していますが、いまの時点でプレマ・サイババは見つかっていません。そのためアシュラムの運営は、残された親族その他で行われています。

そんな中、バンガロールとプッタパルティのちょうど中間にある街、ムッデナハリというところにサイババの弟子がアシュラムを作ったのだとか。いまやそれなりの勢力になってて、そっちに流れてる人もいるんだそうです。

または、次のプレマ・サイババは、南インドのマイソールに転生するという説もあり、プレマ・サイババを支えるため、マイソールで待機してる人もいるのだとか。

なんというか、いかにもありそうな展開をそのままなぞってるなと感じさせられますね。

現時点ではサティア・サイババの権威と、プッタパルティの反映は続いています。集客力もまだまだ十分。ですが時間が経つにつれどうなっていくのか。そのあたりが心配される雰囲気が感じられました。

とはいえ、プッタパルティは、それ自体が一つのエンターテイメント都市と考えると、一度訪れてみるのには魅力十分の街だと思います。アシュラムにはサイババ博物館というのもあり、そこでは「全世界の宗教はすべてひとつなのだ」的な展示があります。なんと日本の神道も展示されてます。インド人家族がとても興味深げに見学してました。

徒歩15分ほどのところにはプラネタリウムもあります。自分が行ったときは「望遠鏡の歴史」というプログラムが上映されたのですが、おそらくこれは、プラネタリウム番組を作成してる会社から借りたか、レンタルしたものでしょう。その最後に「これもすべてサイババの恩寵なのです」というVTRが挟み込まれたのは、さすがというところでしょうか。

博物館もプラネタリウムも無料です。ちなみに、医療も原則として無料と聞いています。宿泊費も極めて安いし、食事も安く美味しい。宗教施設としての最低限のマナーを守ればとても快適に暮らせますので、のんびりする目的で訪問するのもいいかもしれません。

自分は、おそらく、もう再訪することはないと思います。やはりサイババが存命の頃の雰囲気とは違う。それは当然のことなのですが、以前を知ってる立場からすると、その違いが残念に感じられてしまいました。サイババの奇跡を信じる信じないにかかわらず、熱心な信者さんと語るのはとてもいい刺激や勉強になりました。サイババを目に涙を流すインドの人々の姿に感動を覚えました。無心に歌われるバジャンの音色に聞き惚れました。

でもいまや、漂ってるのはその残り香だけ。

チェックアウトし次の街に向かう前に、マンディールにあるサイババの棺に向かって、一礼して立ち去ったのでした。

文章:ume_pon
震災&原発事故を機に自主退職。四国遍路、フィリピン英語留学、ミャンマー瞑想修行、現在アジアぶらぶら中。
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4 Comments + Add Comment

  • そっか~、なんだか残念。
    サイババを信じるわけじゃありませんが、すごく昔にサイババのシールを手に入れて、PCに貼ってます。その時から、何度かリプレースしてますが、貼り替えて「安全祈願」です。
    ココロモチ、システムエラーが少ないような。
    PCなので、熱の影響があるのか、今はもう黒っぽくなってきちゃいました。次のPCリプレースでは、別の安全祈願が必要かな。

  • 二年前にシンガポールからマレーシア、ジョホールバル水道を渡りインド系の寺に行ったらサイババの像がありました。
    サイババはプッタパルティで三十センチ前ぐらい前を歩いてましたが触れませんでした。
    悩みはなく、巨大なダイヤを出して欲しいぐらいでした。
    アガスティアの葉をさがしたり、食堂でアガスティアの葉の著者がいて、最近合う機会がありましたが、何年何月にいましたと聞けばよかったかなって。
    微細体のサイババの集まりも日本で定期的にあります。

  • 会社退任後サイババのところで1年程修業を考えていましたが、4月24日にお亡くなりになりました。初代のババをお祈りに行ったことが無いことをい出し、2年前に行ってきました。日本人は私一人で、所謂外人も女性を一人見かけただけで、後は多くのインド人でごったがえしていました。多分プッタパルテもインド人の神を祀る場所の一つとして、何時までもインド人でごった返すでしょう。

  • 私も20年ほど前に毎年のようにサイババに会いにプッタパルティを訪れていました。
    現在どうなっているか気になっていたので様子が分かってとても懐かしく嬉しく思いました。
    当時一緒に時間を過ごした現地の、インド人の青年も今はすっかりおじさんになってると思いますが
    おそらくまだ町にいるのだろうなと勝手に想像します。また会ってみたいものです。
    私も飲酒や肉食などして帰依者というのはおこがましい堕落した生活してますがそれでも今でもサイババ
    は神様だと信じています。
    貴重なリポート有り難うございました。

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