「ネパール通信」5月11日の被災地

2015年5月22日     No Comments    Posted under: インドが大好き!!

■私達の姿と重なるネパール

被災後2週間が経過した時点のネパールの現状レポートが筋田さんからやって来ました。震災発生時点で想像した通り、多くの支援物資はカトマンズのトリブバン空港や、インドの国境のスノウリで足止めになってなかなか本当に必要な被災者の下に届いていない様子です。日本でも全ての支援物資が十分に行き届くまでにそれなりの時間を必要としましたが、ネパールでは日本の10倍の時間がかかることでしょう。

素焼きレンガの建築で多くの人達が亡くなったと言うのに、また元の素焼きレンガで再建しようとしている話は、原発で国土が汚染されたのに、また原発の使用を押し進めている僕達の姿とあまりにも重なりすぎて、「人間は慣れた行動を捨てられないものなのだなぁ」と改めて強く感じます。

筋田さんのネパールレポート、今の現状をお読み頂ければ幸いです。

■「ネパール通信」5月11日の被災地

5月11日(月)天気:快晴 気温22℃ 湿度60%

今回は、震災後約2週間が経過したネパールの「支援体制」についてお伝えしたい。

政府の支援は今だ動かず、キリスト協会・ネパールの学生団体・ユネスコ・国連・各国の捜索隊・諸外国の個人による救援物資など多くの支援団体にも関わらず「本当に必要な山村」には極一部が届けられているだけで殆ど手が打たれていないのが現状である。そうした政府の仕事に、国民の批判は時には実力行使にも発展している。

日本の報道では「日本人と同じような整然」と並んで救援物資を受け取るネパールの人々と報道されているが、現実は違う。その状態にある山村への支援物資の供給は「神経」を使う。ミナやパトネちゃんの村へは本人たちが個人の支援者を募り、少しづつではあるがラムチェ村へ運び込んでいる。

しかし、これは「ほんの入り口」であり、本来の支援活動とは「被災者の自立」に向けた支援がなされなければ、永遠にテント生活から抜け出せない。80年前に起こった地震以来、誰も体験した事のない「大地震」である。日本とは異なる環境で、ニュースの案内も「家に居ては危険!」をしきりに呼びかけていて、余震が無くなるまで続けられるであろう。ここはネパール、80年掛けて震災前の生活に戻って行くのだろうか? そして、また同じ災害の被災者に・・・・

ネパールの街ではレンガ造りの家が殆どで、田舎に行けば「石と土」の家である。そのレンガ工場の煙突も半分は崩壊しているが、今だレンガを焼き続けている。政府や日本の建築技師などの指導で「軽量建築材料への変更」を呼びかけているが、レンガ工場主たちが猛反発!代々続けて来た「レンガ工場」を止める分けにはいかない。今日も「せっせと」壊れた煙突でレンガを焼いている。本来ならかなり、値上がりするレンガだが、こうした経緯からかさほどの値上がりは耳にしていない。

スナウリボーダーやトリブバン空港のカーゴエリアでは満載の救援物資が放置してあり、何時被災地に向かうのかさえ分からない。

現在でもランタンリルンのトレッキングルートでは「落石による」被災者(外国人や現地の村人)が「瓦礫の下敷き」になった状態で埋まっていると言う。この村では、以前ベルギーの20歳の女性が殺害されると言う悲惨な事件の起こった所で、政府や一般の支援者による救援物資の輸送までには至っていない。

今日も「銀杏旅館」のあるサンガ村には「救援物資」がネパールのロータリークラブの人達がやって来て、お米を配っていった。「我が家も被災者」だと言う事が改めて思い起される。毎週のようにやって来る「救援物資」は、「被災状況のひどい」バラビシやラムチェ村には手が出せない。カトマンドウに居る「ミナ」が極めて個人的に救済者を見つけてはラムチェ村へ届けているのが実情。

少しづつではあるが、「がれき」の撤去がはじめられ「ゆっくり」と家の新築に向かっていくのだろうか?

こんな、被災した銀杏旅館でも来客があり、リピーターも出来はじめたのは誠にありがたいことである。今はまだ銀杏旅館の補修には手が出せないが、ラムチェ村の状況次第では結構早く着手出来そうである。来月には、軍隊に行っている「サロジ君」が戻って来るのを待って着手したい。給湯設備も破損しているため、暖かいシャワーが使ってもらえない状態を早く改善したい。

一方、当方の「のどに出来たもの」はと言うと、ドクター曰く「貴方のは癌です」でも詳細を調べなくては手術ができないので、今日はCTスチャンをやって来てください。」と言われ、7000Rsを支払い、必要な薬品を入手して以前「気胸」の時にも行った事のある病棟へと出掛けてやってきた。

結果(レポートは明日だそうである)この結果を持って、手術をする病院へ紹介していただけるそうである。ここドリュケルホスピタルでは「癌の手術」はやっていないのである。添付は遅々として進まない復興準備と、我が家の被災状況、さらに救援物資の配布風景である。 この後、5月15日ごろから1週間程度)は病院生活にはいるため「ネパール通信」はこの間休止させていただきたい。 今回も、井戸の外から・ネパールの習慣は割愛させていただきたい。

では次回「ネパール通信」まで HPのご案内http://gifu-nepal.jimdo.com/
Ichyo Group Sujita

■筋田さんから現地の写真が届きました

ティラキタでは平常時からお客様の協力の下、ネパールに対して支援を行っております。支援先の岐阜ネパール会の筋田さんより、現地の写真が届いています。

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